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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2034号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外三名

被控訴人 松浦寅夫

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一万三千八百六十九円及びこれに対する昭和三十一年八月十一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二十分しその一を控訴人のその余を被控訴人の各負担とする。

本判決は第二項は仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において「被控訴人に対する給与は駐留軍関係船員給与規程が適用され、同規程によれば被控訴人の昭和二十九年十月六日から昭和三十一年六月三十日までの被控訴人主張の給与額は金四十五万七千七十四円となるべきである。」と述べ、被控訴代理人において「原判決七枚目裏六行中の第四十七条とあるのは、第四十六条の誤記であるから訂正する。被控訴人の給与については駐留軍関係船員給与規程が適用され、被控訴人の昭和二十九年十月六日から昭和三十一年六月三十日までの給料額が控訴人の主張のとおりであることを認める。従前主張した金四十六万三十四円と右金員との差額金二千八十九円は昭和三十一年七月分の給料金二万二千三十八円の内金として請求する。損害金の請求については請求の趣旨を減縮し昭和三十一年八月十一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。」と述べた。

証拠〈省略〉

理由

被控訴人が控訴人と、昭和二十六年二月十三日期間の定なく米駐留軍用船の船員として勤務する旨の雇用契約を締結し、昭和二十九年三月二十三日期間の定なく米駐留軍用船BD六〇六九号の船員として勤務する旨の雇入契約を締結し、同船に乗船して操舵手として勤務していたこと、控訴人が被控訴人に対し昭和二十九年九月二十日雇入契約解除の意思表示を、同年十月五日雇用契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人は前記軍用船に乗船して勤務中上長の命令に敏速に従わず、課せられた責務の遂行に怠慢であり、軍用船の船員としては不適格であるので、船員法第四十条第六号にいうやむを得ない事由ある場合に該当するので雇入契約の解除をなしたと主張するが、右主張に添う当審証人針尾徳見の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証の一、第二号証の各記載及び原審証人長谷川広男の供述、原審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一、第二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の二ないし五の各記載、原審証人服部仁郎、森山年雄、玉城達雄、当審証人玉城達雄、奥田敏雄の各証言に対比し措信し難く、その他右事実を認めるべき証拠がないから、右主張は理由がない。

また控訴人は、被控訴人の前記行為は民法第六百二十八条にいうやむを得ない事由に当るので同法条により被控訴人との雇用契約を解除したと主張するが、控訴人主張の右事実を認めるべき証拠の存しないことは先に述べたとおりであるから、右主張は理由がない。

次に控訴人は、被控訴人に対し昭和二十九年九月二十日書面をもつて雇入契約解除の申入をしたから雇入契約は翌二十一日終了したと主張するので判断する。前記乙第一号証の一、第二号証、当審証人針尾徳見の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証の二、三、第三号証(右証言及び弁論の全趣旨によれば、乙第一号証の二の千九百五十四年八月二十五日との日附は同年九月二十五日の誤記であると認められる。)当審証人佐藤梅吉の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証、原審証人長谷川広男、当審証人針尾徳見の各証言によれば、前記軍用船BD六〇六九号船長佐藤広治は同船の米軍監督者ジエムス・デッキーと相談の上同年八月三十日頃被控訴人に解雇事由が存する旨係官に上申したこと、人事担当者である船員課長リメリック中尉は上申にかゝる解雇事由が存するか否を調査する必要のため被控訴人に対し同年九月二十日下船して予備員として待機するよう命じた書面(乙第三号証)を交付したことが認められる。右認定に反する原審及び当審における被控訴人の供述は措信し難く、その他右事由を覆えすべき証拠はない。右事実によれば、控訴人は書面で雇入契約解除の申入をなしたと認めるに充分であり、本件雇入契約は期間の定のないものであるから、右書面が交付されてから二十四時間を経過した翌二十一日中に解除の申入はその効力を生じ本件雇入契約は終了したといわねばならない。

被控訴人は、雇入解除の申入については船員法第四十六条ないし第四十九条所定の雇止手当、送還手当の支払を要し右義務の履行は解除の申入の効力発生の要件であると主張するが、右法条所定の趣旨は雇入解除の申入をなした際は、成可く速やかに遅滞なく雇止手当、送還手当を支払うべきことを規定したに留まり、これ等の手当の支払を解除の申入の効力発生の要件としたものとして規定したものと解し難いから、この点の被控訴人の主張は採用しない。

また控訴人は、前記雇用契約解除の意思表示には民法第六百二十七条の規定による雇用契約解除の申入を包含しているから、同条所定の期間の経過した日に雇用契約は終了したと主張するので判断する。成立に争いのない乙第四号証(解雇通知書)及び当審証人針尾徳見の証言によれは、控訴人が前記十月五日になした意思表示は結局被控訴人が軍用船の船員として不適格であるとの理由で雇用関係を終了するとの趣旨であると認められるから、右意思表示をもつて雇用契約解約の申入を含むものと解することができる。

ところで被控訴人は、駐留軍に雇用される船員の人員整理については極東陸軍司令部の昭和二十九年三月二十五日附指令「船員に対する暫定人員整理手続」が適用され、連続二年以上勤務する船員はできる限り身分を保障する建前となつており、転船以外に雇入契約を解除された前例がない実状であるのに、二年以上連続勤務している被控訴人に対し雇入契約を解除し雇用契約を解約することは権利の濫用であると主張し、右指令が存在することは控訴人の認めるところである。しかし、原審証人小城明生の証言によれば右指令は駐留軍の予算の削減、撤退、移駐等により日本人船員の人員整理をする場合一定の基準がなければ労務者と管理者との間にいたづらに紛議が生ずるのでこれを防ぐために設けられたものであつて、労務者が個人的事由により解雇される場合にはその適用がないことが認められるから、右指令が存するとの一事により前記雇入契約の解除及び雇用契約の解約が権利の濫用であると考えることはできない。

かえつて、雇入契約の解除申入は前記のとおり船長佐藤広治から被控訴人に解雇事由が存するとの上申があつたため、人事担当者がその事由の有無を調査する必要上なされたものであるから、これはむしろ妥当な措置であると考えられこれをもつて権利の濫用と認めることはできない。

また、前記甲第六号証の二、乙第一号証の一ないし三、第二号証、第八号証、原審証人長谷川広男、服部仁郎、当審証人針尾徳見の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(たゞし、後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、被控訴人が乗鉛していた軍用船BD六〇六九号には一般的指揮監督者として米軍人ジェームス・デッキーが乗り組んでいたこと、デッキーは直接船長を指揮し日本人船員は船長佐藤広治の指揮下にあつたが、場合によりデッキーが直接日本人船員に命令することは認められており日本人船員がデッキーから直接命令を受ける場合も屡々あつたこと、被控訴人はデッキーの日本人船員に対する態度がごう慢であるとして同人に反感を抱きかつ常に感情を態度に表わしていたこと、昭和二十九年八月頃被控訴人が勤務時間外に船室で休憩中同室に休んでいたデッキーが舷窓を明けるよう被控訴人に依頼したが被控訴人は勤務時間外であるといつて従わなかつたが、重ねて数回言われてこれを実行した事案が発生したこと、右舷窓を明けることは作業と考える程の労働ではなく船室にいるものが必要により開閉する程度のことであつて、被控訴人の右態度は勤務時間外における作業を拒否したということではなく、デッキーに対する反感を直接明瞭に表示したものであること、デッキーは右被控訴人の態度に憤慨し船長佐藤広治に連絡し被控訴人の処分を求めたこと、同船長も従前の被控訴人の態度等をも考え被控訴人に落度があり船内規律維持のため解雇もやむを得ないと判断して前記のとおり被控訴人に解雇事由があるとの上申をなしたことが認められ、右認定に反する被控訴人の原審及び当審における供述は右証拠に照し措信し難く、その他右認定を覆えすべき証拠はない。しかりとすれば、デッキーが被控訴人に対し指揮することは認められておりBD六〇六九号が米軍用船であるという事実からしても被控訴人のかゝる態度は相当と認め難いところであるから、控訴人が被控訴人との雇用契約の継続を希望せず解約申入をなしたとしてもあながち権利の濫用と目することはできない。原審における被控訴人の供述により真正に成立したと認められる甲第一、第二号証、前記甲第六号証の二ないし五、原審証人服部仁郎、森山年雄、玉城達雄、当審証人玉城達雄、奥田敏雄、原審及び当審における被控訴人の各供述によれば、被控訴人は昭和二十六年二月十三日控訴人に雇用され、米駐留軍用船LSM四二九号に、同年五月末頃から同FS一六八号に、その後LT三五六号に、昭和二十九年三月二十三日から同BD六〇六九号に操舵手として各乗船し、朝鮮動乱中には危険水域にも出動したこともあり、これまでなんら事故なく職務を遂行したことが認め与れるが、右事実によるも前記認定を覆えすことはない。

しかして、前記雇用契約には期間の定がないが、被控訴人の給与について適用されることに争いない駐留軍関係船員給与規程によれば、被控訴人の給与は一箇月を単位として定められていることが認められ、控訴人は昭和二十九年十月五日に解約申入をなしたから、同月三十一日雇用契約は終了したといわねばならない。

従つて、被控訴人は昭和二十九年十月三十一日までの給与の支払を請求することができるわけである。そして被控訴人の基本給が一箇月金一万四千五百三十冊、扶養手当が金六百五十円であることは当事者間に争いがなく、被控訴人は前記のとおり同年九月二十一日雇入契約が解除され下船したから、同年十月一日から三十一日までの給与額は前記給与規程により基本給金一万四千五百三十円、その一割の特別手当金千四百五十三円、扶養手当金六百五十円合計金一万六千六百三十円であり、勤務手当及び特殊勤務手当の支給は乗船していないから受けられないことが認められる。ところで被控訴人が同月分の給与の一部として金二千七百六十四円の支払を受けたことは被控訴人の自陳するところであるから、被控訴人は残額金一万三千八百六十九円及び給与の支払日が翌月の十日であることは当事者間に争いがないから、その支給日の後である昭和三十一年八月十一日から右金員完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めることができる。

しからば被控訴人の本訴請求のうち雇用契約及び雇入契約が各存在していることの確認を求める部分は理由がなく、金員の支払を求める部分は右の限度において理由があり、その余は失当である。

よつて右と判断を異にして被控訴人の請求をすべて認容した原判決は一部失当で本件控訴は一部理由があるから原判決を変更し、民事訴訟法第九十二条第九十六条第百九十六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

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